悠久の大器晩成

中日の山本昌投手、現役引退を正式表明

プロ野球最年長勝利記録を持つ中日の山本昌投手(50)が30日、名古屋市内で会見し、今季限りでの現役引退を正式に表明した。「いろんな人に恵まれてこの年までやれた。自分でこれ以上の筋書きを作れと言われても難しい現役生活を送れた」とプロでの32年を振り返った。

中日は45年ぶりの3年連続Bクラスに沈み、「チームが大きく変わらないといけないときに、邪魔になってはいけないと思った」と決断の理由を明かした。

中学、高校の頃、ウエスタンリーグの試合を観に行くのが好きで
夏休みなどはひとりでもぶらっとナゴヤ球場へとかよったもの。

当時の四番は山崎武司さん。
よく打ち上げてファールボールがバックネット裏に飛んできたのですが
その打球を山崎さんが目で追ってる姿は今でも、鮮明に思い出せます。

山本昌投手はその頃の二軍の先発ローテーに入っていて
私が観に行った試合でよく先発していました。

当時のエース・小松投手が
ドラゴンズのエースナンバーである「20」番を星野投手から引継ぎ
小松投手がつけていた「34」番をルーキーの山本昌投手が背負ったことに
小松投手のファンだった私は、ものすごく違和感を覚えました。。

右の快速球・小松投手ゆかりの背番号を
大柄で不器用そうなサウスポーに何で与えたのだろうかと。。

山本昌投手、山崎さんともに二軍生活が長かったですが、ともに晩成し
投打の主軸としてドラゴンズの優勝に貢献、個人タイトルも獲得して
球史に残る名プレーヤーとなり、嬉しい限りであります。

一昨年の山崎さんに続き
今年50歳となった山本昌投手も遂に引退を決意。
成績的には仕方ないとはいえ、ここまで長い歴史に思いを馳せ
やはり残念な思いと寂しい気持ちで一杯です。

山本昌はこの日、1軍に合流。10月1日からの広島2連戦(マツダ)で登板する可能性もある。

残り2試合となった一軍の試合に帯同し
どうやらそのうちのどちらかでサヨナラ登板が実現しそうとのこと。

ドジャース仕込のスクリューボールを
ぜひ、広島の地で披露して欲しいと願わずにはいられません。

2015y09m30d_224145047

スポンサーリンク
konline
konline
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>