もののふの叡知

第1期叡王戦決勝三番勝負/第2局「決着戦は必然のドラマ」

2015y12m13d_224318571

昨日、決着をみました
第1期叡王戦決勝三番勝負/第2局は
126手目までで、後手・山崎八段が勝利。
第1局に続く連勝で、見事初代叡王となりました。

昨夜は終盤辺りからニコ生で観戦していたのですが
解説のA級棋士・深浦九段、「もうひとりの公文式」田中寅彦九段
そして、一手ごとに尋常じゃない振れ幅をみせるponanzaの形勢数値に
翻弄されて一喜一憂、阿鼻叫喚。。いや~興奮しました。。

しかし、あらためて並べてみると
山崎八段が良さ気と言われた局面が良さ気に感じられず
どう考えても郷田王将が優勢だったいうか、少なくとも
局面の主導権はずっと握っていたように思えます。。。

だからこそ
山崎八段の終盤力と瞬発力にあらためて感動し
また棋士としての華に惚れ直しました。

郷田王将もそうなのですが「羽生世代」の棋士は総じて
感情の起伏や気持ちの揺れが表情やしぐさに素直に投影されるので
心の内が読み取りやすく、絵や文章になりやすい。

対して、渡辺二冠や広瀬八段は現代っ子の特徴そのままに
感情が表情に乗らないので、特に私たちの世代からみると
何を考えているのか分らず、つかみどころがありません。

では山崎八段はどうかというと、ご存知の通り
天才にありがちなムラッ気とヤマッ気、そして頑固さが特徴で
それ自体も大きな魅力なのですが、対局中の感情が表情に
現れることもたまにあります。

それは昨日のように本気で勝ちに出た時の“気迫”。

しかも、悲壮感や殺気を必ずともなう「羽生世代」の“気迫”と違い
山崎八段の場合は「次の一手でどう凌ぐか」「どう仕留めるのか」という
何かを背負ったり、誰かに影響された“気迫”ではなく、ただただ単純に
将棋というゲームの次の手を読み耽り、自分との勝負に没頭する“気迫”

それが美しく、いなしせにいつも感じます。

期待されたここ一番で
目を覆いたくなるよな大敗を喫することも多い山崎八段ですが
まじりっ気なしの強い信念の元、勇敢に、冷静に、そして純粋に
勝利を手にした時の、何たる格好良さ。。

叡王として次は将棋ソフトとの対局が控えます。
これまでの電王戦をみても、基本的には人間とソフトの対局は
かみ合わず、後世に語り継がれるような名勝負は生まれ難いのですが
はなから周りの空気を読む気などなく、自らの才能にしか興味のない
山崎八段ならこれまでとは全く違う、「違い」を生み出してくれる。。

私はそう思っています。

スポンサーリンク
konline
konline
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>